Steamで旧正月セールやっていたので、安いものを二つ購入。二つで500円くらいでした。

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一番上と一番下です。一番上は未インストールです。時間的にはMorrowindがダントツで長いのですが、うろうろしているだけでメインクエストが殆ど進んでいません。その次にBCFですか、3人一気に転職して育てざるを得ない状況になってます。ですから、CDSと8は当然未プレイ。

Witcherは中盤?位まで進んでますが止まってて、かなり低い画質で遊んでいます。私のPCでは負荷がキツすぎます。Falloutは未プレイ、その他はさわり程度。バイクもそうですが、全てに時間を注ぎたいですな。

毎日眠い上に、使おうとするとグズって「更新あるから再起動するネ!」とWindowsさんが良くおっ差やるものですから、今やりたいことが出来ない日々です。

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普通や一般的といったキーワードは、こういうときに役に立ちません。ですが、概ね大多数の人はどのくらいの記憶容量を持っているのでしょうか。デスクトップパソコンの標準的な構成をいろいろ調べていくと、HDDなら500GB、1TB、2TBとありますが、2TBはBTOで選んだときやオプションが多そうです。SSDだと500GBは希で、データ用に500GB~1TBという場合が殆どでした。

私の現状はというと、いつぞやのHDDがほぼお亡くなりからの奇跡的一時復活以来写真などのデータはバックアップをかなり意識しています。写真はデータ用ドライブに入れつつ、Google photoにオリジナルデータではないもののL版印刷などには余裕で耐えられる状態に自動で圧縮縮小され他状態でフルバックアップされています。

デスクトップの記憶容量は、本体システム物理ドライブに1TB、外付け裸族のお立ち台に2TBが2台(データ専用とシステムなどのバックアップ用)、データ専用完全外付けの4TBが1台あり、トータルで9TB程になります。これで困るということはなさそうで、安心感があって良いです。

こういう選択肢があっても良かったのですが、継ぎ足していったりいろいろあって現状は落ちついています。

なにが? いや、ですから結論として白湯に到達したのです。

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THERMOSの保温ステンレスマグに鎮座する白湯。


仕事に行くときに持っていく水筒に、今までいろいろなものを入れてきました。肉体労働なので必需品なのです。緑茶、麦茶、コーヒー、水などです。具合が悪かったときに、家で白湯を飲みました。目の前にポットがあって、その中に沸かしたお湯を常備してあるからであって、冷蔵庫までなにかを取りに行くのも億劫であったからです。動きたくない、だから最も近くにある飲めるなにかが白湯だったのです。

飲んだらね、スゥトゥーっていうんですか、うまい表現が出来ませんが染みこみながら真っ直ぐ通っていく感じでした。まろやかだし、暖かいと癖もない。楽だなと思って、それから水筒にもお湯を入れていきましてもっていくと、これまた飲みやすい。はまっていますね。

白湯の読み方は、「さゆ」ですが、ラーメン業界ではパイタンって読むらしいです。では私は、頭の中でパイタオって何故か読んでいることに気がつきました。考えた結果ですが、「はくとう」「パイタン」がどこかで見聞きして合わさったんだろうなと。はい。

白湯、いいですよ。
 

道中で結構な雪が降り始め、途中に立ち寄った公園のトイレでは一面真っ白になっていました。
案の定、サーキット自体も真っ白け。お休みになりました。

これだけ冷えていたら、また遅めに流しても転けるんじゃないかと冷や冷やしていたので、内心少しほっとしています。で、こっちに戻ってきつつバイクを下ろそうと思ったらカウルが少し動く事に気がつきました。プッシュピンがなくなっているというか、折れて外れたかなとか。そのまま、近場の店に急遽買いに行きました。

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Kawasakiのものは無かったけれどΦ6で長さも似ていたのでこれに。

その場で装着、完璧にフィットしました。がたつきもなくOK。3つ入りだったので、残りは予備にとっておきます。

因みに直径の表記 “Φ” ですが、直径などの直接的表現以外だと「まる」と呼びます。もしくは、「ファイ」です。数字の0と区別するために斜線を追加した表記なのですが、当て字としてギリシャ文字のΦの斜体を使用しています。よく耳にするパイはファイの聞き間違いが浸透していったようです。私もパイだと思っていました。表記はファイなのになんでパイなんだろうってずっと疑問でしたが、なるほど調べてみるものです。

普段だと無難に直径と呼んだ方が面倒くさくなさそうです。

火曜日に健康診断があります。鬱ですわ。ジタバタしても仕方ないので、いつも通りにしています。気分でほんのわずかな事でも死にそうになります。ああそうだな、ですから、きっとこれから起こる様々な出来事に対応できる自信は、確信を持ってないといえます。

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SH-M03にて撮影


今日はゆっくりしていまして、昼前に家を掃除なり片付けて少しだけ明日の準備をしました。明日はリハビリもかねて練習走行に行ってきます。準備といっても積み込みとか給油とかですか、明日慌てなくて良いようにという程度です。

バイクでいうと、ニュートラルになったりギアが入らなかったりって症状を調べていく内に、結構致命的な問題だということがわかりました。前もっていうとこの素人ながら何故わかったと言えるのかという点ですが、感覚というか、結局ですね、最初に感じたことをいろいろな人に説明してアドバイスをもらったとしても毎回結果は感じたとおりだったという経験則です。それに加えて自分の設備も含めた整備スキルにおいての致命的事案という意味です。

偏摩耗、変形、それらにもともとの癖との混合物でしょうか。エンジンをばらしたり、そこから原因を発見したりする場所とスキルがありません。お店に頼めばお金を払ってやってもらえますが、毎度そういう風にはいきませんよ、自分で出来ていかなくちゃならいんでしょう。むっずかしいな。好きこそものの上手なれでしょうが、付いてくる付随したものがまだまだ足りません。

論理的思考によって、さらに功利的思考を追加していけば実にdramaticでないが着実に進捗率を高める結果が見えているのですが、それって楽しみながらという生きる上での一番大切な部分をspoilってことでしょう。台無し、損なう、奪われるっていうこと。それもなあ。

小さな目標を設定してそれに向けて行動することの大切さは、成長率の高さが証明しているとおりです。ただ、それがわかっていながらも、その予定という未来に定められたという矛盾した未確定が存在することが結構ストレスです。楽しいのにストレス。それと向き合わなければならないジレンマ、そこが苦しい。

滅多に人や車が多いところをあるく事なんて無いのですが、たまたま歩道橋をあるきました。渡り終えるわずかな時間に、大量の車が下を行き交うわけです。正反対の方向に、それぞれが全く個別の目的のために移動しているんです。これが生み出すエネルギーってかね、そんななかで歩道橋の上を私が寒いなあと思いなながらその二つの動きと全く違った方向に一人歩いている事との対比ですよ、微細な数河にでも止まってしまうエネルギーが横切ってるっていう事実。

考えても無駄ではなく、考えて何かとっかかりを生み出していきたいんですわ。無限の時間を浪費する人生はやっぱり損だから、いや、損得じゃないか。その思考が行けないのか。ゲームやるときに思いきり楽しんだり、心の底から出来てるのか私!って事です。バイクも、読書も、写真も。

もっと考えたいけれど、明日は早起きですしね、筋トレして、風呂入って、着替えの準備とかして、少しTwitterとか見たりしつつ寝るのか、きっとそうなのか。





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